先日、にゃにゃにゃさんが憤慨しておられました。
「歌におけるにゃんこのあつかい、ちょっとひどくない?」
そして、「ねこふんじゃった」の歌詞を
愛のままにわがままに、
しあわせな歌に変えておしまいになりました。
猫愛者としては見習うべきところがあります。
もうひとつの歌。
「山寺の和尚さん」は作詞者不詳。
良寬さんがモデルではとされていますが、
定かではありません。
良寬さんは江戸時代の禅僧(曹洞宗)。
手まりが大好き……
というか、夢中になりすぎて
*まりつき = 無我の境地 = 禅
になっていた節があるそうです。
さらに、良寬さん本人が作った漢詩。
猫のイメージよくない。
楓屋訳でご紹介。
^ーωー^; またよけいなことを…。
◇*◇*◇*◇
家有猫与鼠
うちに猫とネズミがおりますのや。
総是一蒙皮
どっちもこれ、同じように毛皮着てますやろ。
猫飽白昼眠
猫はようけ食べて、昼間はぐうぐう寝とります。
鼠飢玄夜啼
ネズミは腹を空かせ、夜中チューチュー鳴きよる。
猫児有何能
猫には何かできることがありますかいな。
覘生屢中機
生き物を狙って、しばしば上手に捕まえます。
鼠子有何失
ネズミは何かアカンところがありますか。
穿器也太非
器をかじって穴を開けるのがたいそうイカン。
穿器而可補
けれど、穴の空いた器は直せますやろ。
逝者不復帰
死んだモノは二度と帰らんのです。
若問罪軽重
もし、どっちの罪が重いか問うてみたら
秤可傾猫児
秤(はかり)は、猫の方に傾きますやろな。
◇*◇*◇*◇
良寬さんの『草堂集』より。
センター試験の追試験に出たことがあります。
手まり好きと、この漢詩のせいで
「猫を蹴飛ばす和尚さん」
と重なってしまったのかもしれません。
良寬さんは生き物にやさしかった。
この猫、お腹いっぱいごはんを食べて
昼間からぐうぐう寝てますよ。
よそんちの猫かノラ猫か知りませんが、
猫嫌いでしたら、この時点で蹴飛ばします。
殺生をして生きねばならない猫を哀れむとか。
この漢詩にはそんな思いがこもっていたり…。
すみません。勝手な想像です。
で、私が知っていた歌詞は
猫、蹴っていない。
「ぽんと蹴りゃ ニャンと鳴く」
じゃなくて
「ぽんとつきゃ、ニャンと鳴く」
でした。
蹴られて痛い思いをしたら、猫は
^・皿・^ ぶしゃーー!!
ですよ。
『ニャン』どころじゃない。
これは和尚さん、猫と遊んでいますね。
では、歌いましょう\(°▽°
替え歌「山寺の和尚さん」
♪~ 山寺の おしょさんは
猫と手まりで遊びたい
猫を紙袋でおびき寄せ
ポンとつきゃ
チョイと招く
ポンでチョチョチョイ
ニャンとな。
どうかな(°▽°
^ー_ー^ ……。
^・_・^ ぱぱー?
^ー_ー^ 息子よ、何も言うな。
付け足し。
ちなみに「こりゃひでえ」な俳句も残っています。
柿を採っていた万助さんを見上げていた良寬さん。
あとで囲碁で万助さんに負けて、
「一筆お願いします」と言われて書いた句。
柿もぎの きん玉寒し 秋の風
良寬さん、何書いてくれちゃってるの。
^・ω・^ ご訪問、ありがとうございます。