やれることだけやってみる

マイナスからの畑作り。草と戦い、疲れたら猫といっしょに昼寝をします。

【ねこ森町】プロジェクトS

ーーカタタタタ……。

明かりの消えた部屋に、キーボードを叩く軽やかな音が間断なく聞こえている。

彼はお気に入りのハンモックにしなやかな体躯を横たえ、夜の街を見下ろしていた。

 

20XX年。一月。

大都会O阪。深夜二時。

このような時間でも街は動いている。暗い夜の底をたゆたうビーズのような光は、人間たちが確かに生きてここに暮らしているという証だ。緊急車両が高いサイレン音とともに彼の住む高層マンション下の通りを走り抜けていった。

 

ーー重い。

明滅する黄色い光を眺めながら心の中でつぶやく。

年が改まったばかりだというのに、晴れやかな気分はもう微塵もない。年頭に起こった大災害のせいもある。しかしそれだけではない。

人々は些細なことで怒り、鋭い言の葉で誰かを切り裂く。かと思えば、なんでもないことで笑う。心からの笑いではない。見えない不安に駆り立てられ、そこから逃れようとしているかのように彼の目には見えた。

風の時代。

2021年からこの世は変革の時代に入ったと星見たちは言う。その変革は新しい価値観をもたらし、人々の目を輝かせるものであるはずなのだ。しかるに、この現状はどうしたことだ。まるでこの世がまるごと袋小路に追い込まれたような、そんな空気がありはしないか。

 

ーータタン。

タイプの音が止まった。

「分かりました!」

彼は声の方を振り返った。可愛らしい声の主が彼を見上げ、にっこりと笑う。

「なにもかも、おっしゃる通り。原因はーー」

とめどない小鳥のさえずりに似た解説を聞き終えると、彼は重々しく頷いた。そしてひとこと、こう告げた。

「小次郎、緊急招集」

 

*****

 

ある日のねこ森町、ねこ神社。

猫たちがずらりと本殿の前に座っておりました。

猫たちの前にはご祭神の羽巣手戸さまがいて、ねこ森町の王であるOさまがいて。その横には大きな白い幕があって、グラフや記号が映し出されています。小次郎くんが夜なべして作った資料をぱわーぽいんとでポチポチと披露しているのです。猫たちは小首をかしげてぱかぱかと入れ替わる図を眺めていました。

 

「というわけなのです」

はて、と長老猫が首をかしげる

「閉塞感、とな」

「はい、循環の鈍化ゆえに生じる閉塞感です」

長老猫がさらに尋ねます。

「つまり、世の中が腸閉塞になっておると?」

「腸閉塞、というのはちょっと」

「ではお便秘か?」

小次郎くんは小さなため息をつきました。

「そのご理解でけっこうです」

乱暴な結論ですが、あながち間違いではないのかもしれません。

 

新たな技術が生み出されて、どんどん社会が変わっていきます。その変化は人々にとっては望ましいことかもしれませんが、ある人々にはあまりに急激であるように感じられます。

次から次へと見たこともないごちそうが出てくるようなもの。食べたものがまだ消化されず、お腹の中に残っているうちに新しいお料理が出てきます。

 

人にも社会にもキャパシティがあります。なのにこの状態では、取捨選択お片付けが間に合いません。あちこちで流れが滞り、あちこちでいろんなものが詰まっています。

世の中はお便秘。

不快だし、詰まったモノがそのままになっていると悪玉菌が増殖します。

 

「なるほどのう」

小次郎くんが言いたいことはだいたい分かりました。しかし、猫に何ができるでしょう。世の中の流れをどうにかするとか、詰まったモノを取り除くとか。そんな大がかりなことはできません。それに、そもそもそれは人間の仕事です。

猫たちの視線は自然とOさまの方に向きました。

その視線ひとつひとつをしっかと受け止めると、Oさまは懐から丸いものを取り出しました。

「おお、それは」

猫たちの間にどよめきが走ります。

「伝説の神器、三毛もふ玉!」

Oさまは不敵な笑みを浮かべ、もふ玉を高く掲げました。

 

白黒橙。

 

猫玉がまばゆい光を放ち、スポポーンという軽快な音とともに、何かが玉から放たれました。香ばしいにおいがあたり一面にただよいます。

みんなぽかーん、きょろきょろ。

こつん、と足に何かが当たった気がして下を向くと、それぞれの足元に三粒の豆が転がっているのでした。

魔を祓う黒豆。浄化の白豆。そして福をもたらす大豆。

「福豆MARKⅢ」

静かな神社の境内で、Oさまのはおごそかに猫たちに告げるのでした。

「介入は今年限り。みなの者、人間界に増殖する悪玉菌を滅するのです!」

おお…。

猫たちはぺちぺちと肉球を打ち合わせ、大きな拍手でOさまの決断に応えます。そう、人間の幸せは猫の幸せなのですから。

 

「黒猫隊は龍に乗って上空から」

「ステルス部隊は隅っこや物陰を」

「重量クラスは次元境界から大砲で」

 

どんぶら川上流、登竜門に向けてかけ出す黒猫たち。豆バズーカ砲を受け取るステルス猫たち。大きな猫たちは大砲をよいしょよいしょと狭間へと運んでゆきます。

今年の節分もねこ森町は大騒ぎです。

 

いつでも歓迎ねこ森町。

どなたさまもカモンジョイナスねこ森町。

*****

 

サバねーちゃん……。

 

出番が来たようね。

 

行くわよ。

 

今のうちに食っとけ食っとけ。

 

*参照:Oさまの三毛もふ玉。

kazuhiro0214.hatenablog.com

 

書いてて三色甘納豆が食べたくなってきました。

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